memorandum -another lost decade

2万円の値固め相場、潜む政治リスク

株式相場は日経平均株価の2万円を値固めするような展開だ。ここから一段高を目指すには買い手掛かりは不足気味。だが、国内環境をみる限り、売りをせかすような不安材料も見当たらない。設備投資が動き出し、実質賃金もプラス圏に浮上。懸案の個人消費も先々、持ち直す期待感がある。米欧の長期金利の落ち着きどころを探りつつ、「次の上げ相場に備える」というのが多くの市場参加者の描くシナリオだ。確かに国内のファンダメンタルズは上向きで、それが先高期待の支えになっている。こんな時、国内外の政治リスクが相場の足を引っ張るようなことがなければよいのだが。

■確信犯の「円安けん制発言」

 「為替相場は経済マターではなく政治マターになった」。ニッセイ基礎研究所の矢嶋康次チーフエコノミストはそう話す。米国がいよいよ、ドル高の進行に圧力をかけてきたという。

 前週の相場を揺るがした黒田東彦日銀総裁の「ここからさらに実質実効為替レートで円安に振れるということはありそうにない」という発言。伏線は、直前の主要7カ国(G7)首脳会議にあったという見方が市場ではもっぱらだ。オバマ米大統領が米国にとっては輸出などの足かせとなるドル高への懸念を表明し、それを受けて黒田氏が「確信犯で一段の円安進行をけん制した」という。

 5月の雇用統計に続いて、11日発表の5月の米小売売上高も前月から伸びが加速。黒田発言さえなければ、前週のドル円相場は1ドル=125円から126円、127円となってもおかしくなかったかもしれない。「黒田氏は米小売売上高の数字を知らされていたのではないか」とのうがった見方が出るほど、発言のタイミングも絶妙だった。
 ただ、黒田発言は市場に短期的な波乱の芽を残した面もあるようだ。藤戸則弘・三菱UFJモルガン・スタンレー証券投資情報部長によると、海外ヘッジファンドは5月後半からユーロ売りの持ち高を解消しつつ、代わりに円売り・日本株先物買いの持ち高を膨らませた。藤戸氏は「それが1ドル=125円の円安と、5月の日経平均12連騰をもたらした」とみる。実際、シカゴ通貨先物市場の投機筋の円売りポジション(差し引き)は、4月末の5000枚から6月2日には8万6000枚に急増していた。f0106585_8521298.jpg

 藤戸氏が懸念するのはその巻き戻しだ。黒田発言をきっかけにドル円相場の125円突破は当面、難しいとの見方が台頭すれば、「ヘッジファンドは円売り・日本株先物買いのポジションを解消するかもしれない」という。

 米国が本当に、これ以上のドル高を阻止したいと考えているかはわからない。年内の米国の利上げ観測が強まるなかで、円安・ドル高の方向感は変わらないという見方も多い。ただ、ドル円相場を決める変数として、日米の金融政策や金利差などに加え、これまで以上に国際政治という要因も意識せざるを得なくなったのは確か。日本は米国と為替問題でどう折り合いをつけるのか、日米の政策当局や政治家の発言などを、一段と注意深く点検する必要がある。

■ギリシャ問題は地政学リスクに転化する?

 欧州ではギリシャの債務問題が相変わらずもめている。「財政破綻は秒読み」「ユーロ(欧州連合)離脱はないだろう」など、様々な臆測が飛び交っているが、仮にデフォルト(債務不履行)になったとしても「ギリシャの経済規模を考えれば市場への影響は限られる」という楽観的な見方が多い。短期的な混乱はあるかもしれないが、5年越しの市場の火だねだけに、「いっそ早くデフォルトしてくれた方があく抜け感が出る」という声さえ聞かれる。

 これに対して矢嶋氏は、「ギリシャが国際的な政治問題になれば深刻度は増す」と主張する。チプラス政権がユーロに見切りを付けて支援の後ろ盾をロシアに頼むようなことがあれば、ギリシャ問題は一気に地政学リスクに転化しかねないという。

 黒海から地中海への出口に位置するギリシャは軍事戦略上、重要な港を抱えた要衝。ロシアへの接近は北大西洋条約機構(NATO)の枠組みを揺るがしかねない。「だからユーロはギリシャの離脱を許さない」という見方もあるが、チプラス首相が政権発足後、早々にロシアを訪れたように、両国の結びつきは歴史的に強い。ギリシャ問題も「大したことはない」と高をくくってばかりではいけないようだ。

■市場は「安保よりアベノミクスを」

 国内では、安全保障関連法案を巡る政治の不透明感が増している。「安保法制に執着する安倍首相が国会会期を大幅延長してまで法案成立を強行すれば、支持率に影響を及ぼし政権の求心力が低下しかねない」(藤戸氏)。海外の長期投資家の積極的な日本株買いの背景には、久しぶりに登場した安定政権の下、日本がデフレ脱却を確かなものにするだろうという期待感がある。政権の不安定化は、その前提を揺るがす。

 そういえば政府の成長戦略の第3弾は、IT戦略が柱となるはずが、年金情報の流出問題で当初案から後退を余儀なくされたとか。戦略の要となるはずのマイナンバー制度の導入を危ぶむ声もある。昨年の成長戦略が企業のガバナンス改革や女性の積極的な活用などで一定の成果をもたらしただけに、市場関係者の中には第3弾に対して「期待外れ」という声も少なくない。多くの国内外の投資家が安倍政権に望むのは、デフレ脱却と成長力の回復を目指してアベノミクスにまい進することだ。

 円安の政治問題化やギリシャの地政学リスクへの転化、政権の不安定化などは、いずれも現実のものになる可能性はそう高くなく、頭の体操にすぎないかもしれない。しかし備えあれば憂いなし。市場参観者の多くは「ファンダメンタルズは良好」と楽観ムードに傾いている。そんな時ほど、思わぬリスクに足をすくわれることがあるのも相場だ。
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by kcapital | 2015-06-15 08:50 | スクラップブック